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はじめに

新人作家、城島大のブログへようこそ。

作家志望に戻ってしまった城島大が、いかにして作家に戻るかを模索し、奮闘する過程をだらだらと書いていくブログです。
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『カクヨム』と『小説家になろう』にて作品を公開中。

カクヨム
長編
誰かがいらない恋愛ハーレム
名探偵の倒し方
短編
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『ちっちゃいホームズといじわるなワトスン』が絶賛発売中


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僕が「その人探し」をする理由

少し時間が空いてしまったが、宣言通り自分の考えをまとめることにしよう。


以前僕は、ツイッターで理想と現実について呟いた。
僕という人間は、理想に重きを置く現実主義者だという話だ。

しかしそれは正確ではなかったなと思い、新しく考察し直すことにした。


僕は人と会うと、悪いところばかりを見る癖がある。
そしてそれは現実的なものの見方なのだ、というようなことをツイッターでは言った。

でもそれは少し違う。
僕が悪いところを見るのは、ある種の防衛本能なのだ。

どうやら僕は、意図しないところで自分を辱められる行為を極端に嫌う傾向があるようだ。
自分で恥ずかしい行為をすることに抵抗感はない。お笑い芸人のように舞台に出て盛大にスベるようなことも、覚悟さえできれば割と平気で挑戦できると思う。

でも自分がまったく考えてないことだったり、「そんなこと…?」と思うようなことだったり、自分じゃどうにもできない能力みたいな部分に触れて、唐突に辱められた場合、非常に落ち着かなくなる。


何故、と聞かれれば……なんなんだろうな。
僕が色々なことにおいて不出来な人間だったからかもしれない。
教室で自分の席の周りだけ異常に汚くて、落ちてるものが全部自分のものだったというエピソードが一番に思いつく。
そんな人間だから当然忘れ物は多いし宿題はやってこないしで、母親も心配してたぶん普通以上に世話を焼いて。だから決断力がつかないという負の連鎖。

今ならそれがADHD気質だったんだろうなと分かるが、当時は自分も含め誰も知らなかった。
『普通の人ができることができない』。それが僕の中にあるコンプレックス。
自分にはできない普通のことを強要されることほど、面倒臭いものはない。


そしてそういう『辱め』を毎度毎度、直接受けていたら身が持たない。
だから『辱め』を与える人間かどうか探知するために、まず「悪いところ探し」が始まる。
まあたぶん、「悪いところ探し」というよりは、「その人探し」なんだと思う。
この人の本質は何か。どういう人間なのか。そういうことを考察することで、僕の嫌いな『辱め』をしてくる人間かどうかを見極めている。
そしてその『辱め』は、そう思われていると想像できてもダメなのだ。こればかりは相手の心が読めない以上、”自分がその人をどう思うか”にかかっている。
これが、僕という人間の面倒くさいところ。


つまり、僕が人間を見る目や、その本質を確かめようとする心の動きは、結局人を辱める人間かどうかという点に集約されている。

辱める人間は普通、もしくは悪い奴。
辱めない人間は良い奴。

そして辱める人間とはあまり関わりたくない。で、普通の人間も前者に該当するもんだから、友達いないし、なんか人間嫌いの様相を呈してしまう。
肝心なのは、辱める人間は普通、ということを認識しているという点。これが、僕が僕をリアリストだと評価する理由。


自分ができることをできない人間がいたら「トロいなあいつ…」とイライラしてしまうのが人間だ。僕だってそう。
これくらいできるでしょ、みたいなことを思ったり言ったりしてしまう。

人を辱めない良いことだけを望むのは間違ってるし、人を辱めることを悪いことだと断ずるのも間違っている。
だから僕は空想に逃げてるわけだ。そしていつか、その逃げでしかない場所でリアルを侵食してやろうと思っている。


自分の感情と客観的評価をきちんと分けているから、どんな奴にも良いところがあることを知っているし、それが尊いことも知っている。悪い奴や普通の奴だらけの世の中でも人間に希望を持てるし信じられる。

僕にとっての良い奴は人を辱めない奴
僕にとっての優しい奴はそういう人に手を差し出せる奴
僕にとっての好きな奴はそういうリアルと戦える奴


つまり僕は、良い奴優しい奴にリアルとの戦い方を教える物語が書きたいのだ。
リアルを否定しないでもいいようになる物語を書きたい。
それが僕にとっての火をつけたいターゲット層。僕にとって一番大切な部分なのだ。

自分流、創作の十か条

最近、自分探しにハマっている。
自分が本当は何を考えていたのか。自分が求めている幸福とは何か。怒りとは何か。面白いとは何か。みたいなことだ。
最初は自分の言葉を探すために始めたことだが、結論として『自分の言葉なんていらない』になりそうだ。

まあそれでも得られるものはあるように思えるし、自分探しはこれからも続けていこうと思う。
今はツイッターを使って、一日に最低一ツイートは思索に耽ることをノルマにしている。
今回は、それをさらに増やして週に一回ブログでまとめるをノルマに含めてみようと思う。
ブログで書くことないなぁと思ってたところだしね。


というわけで、今回はタイトルの通り、自分が創作する上で気をつける十か条が完成したので、公表してみようと思う。
特に公表する理由も意味もないのだが、せっかく完成したのだし、誰かに見てもらうことで気付くこともあるかもしれないからね。



創作する上で忘れてはならない十か条

一、好きな人たちに好きな人を紹介する
二、テーマは主人公の到達点
三、作品は主人公と読者のもの
四、決断の数が作品の質を決める
五、作る苦労ではなく捨てる勇気
六、アイデアはアイデンティティーの種
七、4行でキャラはたつ
八、10ページ毎に事件を
九、そのキャラクターを夢に見る
十、作品を一言で面白く


以上!

これを忘れずに創作して、実際にそれができたら、たぶんその作品は名作になる……と思う!

僕は自分で考えていたにも関わらず、それを実行できていないことの多いぬるい性格の人間だ。
この十か条でいうと、『決断の数』と『捨てる勇気』。
これを常に意識して考えるように自分を律し、最終的には無意識にできるようになれば、一応のゴールといえるだろう。
とりあえずはそれを目指す。

あと、どうでもいいことですが四月までは新作を発表できそうにありません。
電撃大賞には、この十か条を網羅したものを送るつもりで、たぶん締切ギリギリになるからです。
今のペースだと間に合わない可能性もあります。
…それも含めてがんばります。

『フランケンシュタインの名探偵』のあとがき

そういえば書いてなかった『フランケンシュタインの名探偵』のあとがき。
『小説家になろう』の方で載せたから、一応ブログにも載せておこうと思う。


あとがき

この物語は全てが曖昧です。
主人公は誰なのか。
名探偵は誰なのか。
ジョーさんとダイは作者なのか、それとも登場人物なのか。

曖昧で、未確定で、現実と空想の境目がどこにあるのか、作者である僕にもよく分かりません。
僕がそう思うくらいなのだから、読者の方も、そして物語の登場人物達も、より強くそう思っているはずです。

全ての人間には役割がある。そしてその役割は不変であると思われがちです。しかしそれは見る人によって変わるし、捉え方によってまったく別のものにもなる。
なのに人々は、自身が決めた役割を超えることを勝手に恐れ、勝手に縛られる。

この作品のテーマは役割です。

作家、主人公、モブキャラクター。
このシリーズを通して、様々な役割を持った人間が、様々な意志と思惑を抱いて物語に関わっていくでしょう。
神によって定められた役割に違和感を覚えつつ、意義を唱えつつ、彼らは粛々と役目をこなしていく。
その中で彼らが見つけていく役割というものの本質を、共に探していただければ幸いです。

第二回カクヨムwebコンテストに一応参加

『フランケンシュタインの名探偵』。このタイトルを変えようと思い立ってから何か月が過ぎただろうか。

夢でうなされるくらい、ずーっと考えているのだが、ピンとくるものがまったく思いつかない。

思いつかないまま、第二回カクヨムwebコンテストの読者選考期間に突入してしまった。


『フランケンシュタインの名探偵』、『誰かがいらない恋愛ハーレム』の二作をエントリーしたものの、まあたぶん落選するだろうし、別に当選する必要もないなと思ってる。

そもそも、僕はこの作品を実験として書いていた。

王道をずっと書いていたものの何故か地味にまとまってしまい、地味故に筆が進まず完成度まで落としてしまう。そんなことを何度か繰り返し、ずっと僕の作品を読んでくださってる方からの感想を契機に尖ったものを書いてみた結果、電撃大賞で一次落ち。
けれどその作品に何かしら感じるものがあり、一次落ちした作品の延長戦としてこの『フランケンシュタインの名探偵』を書いた。

それは尖ったものへの挑戦であると同時に、王道と邪道をブレンドすることができるかという実験でもあった。
書き終えてみて、なんとなく手ごだえを感じて、続編『誰かがいらない恋愛ハーレム』を今書いている。

何かが見つかったのかと言われれば、……正直よく分からない。
『誰かがいらない恋愛ハーレム』をちゃんと書き終えても、たぶんよく分からないと答えるだろう。


ただ一つだけ分かったのは、結局僕が敵として書きたいものは、『概念』なんだということだ。
元々作品を書くにあたってテーマというものを強く意識してはいたけれど、結局それは『主人公が解決すべき問題』、という抽象的な捉え方でしかなかった。
でも今は、それが一つの『敵』としてはっきり表れるくらい鮮明になった気がする。

テーマは『敵』で、テーマは『概念』。

僕が書く作品に出て来る敵は全て『概念』なんだ。
敵キャラと呼べる者がいてもそれはデコイであって、本質はその先にある。それがたぶん、僕のオリジナリティで、作家性なんだと思う。
僕の作品に『敵』はいない。いるのは倒すべき『概念』。ただそれだけ。
それが人間へのリスペクトを僕なりに表現したものなんだと思う。

それをきちんと物語として描くことができたら、たぶん自然と這い上がれるんじゃないかな。


というわけで今はまったく焦りもなく、割とゆったりした気持ちでいるんだけれど、そうも言ってられない事態になったのでそれまでは割と頑張って行こうと思う。
最低でも10日までに『誰かがいらない恋愛ハーレム』は完成させよう。


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