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はじめに

新人作家、城島大のブログへようこそ。

作家志望に戻ってしまった城島大が、いかにして作家に戻るかを模索し、奮闘する過程をだらだらと書いていくブログです。
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誰かがいらない恋愛ハーレム
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短編
ルールを知らない男

小説家になろう
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SFパニック部門で第一位をとりました!
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ヒーロー小説の冒頭を変えてみた6



前回のものから、無駄な場面転換を一つ減らしました。
『●●●●●●●●』までは、前々回と同じ部分です。


<本文>

『あなたが本当に困った時は、ちゃんと助けてと言える大人になりなさい。そしたらきっと、正義のヒーローみたいな人が現れて、あなたを助けてくれるわ』

おふくろのその言葉が嘘だということを、オレはおふくろから教わった。
血に塗れた手で両親の死体を見下ろした時、オレは悟ったのだ。
この世界では、誰かに助けを求めたところで、誰も助けてくれない。
だからオレは、奪われる側から、奪う側へと回ったんだ。



普段は忙しなく人が行き交うスクランブル交差点。
そこはもはや、廃墟と呼ぶに相応しい場所になっていた。
大小さまざまなクレーターが地面を覆い、いくつものビルが倒壊している。
そのビルの側で、オレは一人の女を抱えたまま、蹲っていた。

おぞましいドクロのマスクで顔を隠し、黒のロングコートをなびかせるオレに対し、女は虹色に輝くゴーグルをつけ、純潔を示す白のスーツを着こなしていた。
人間に宣戦布告し、悪の組織を結成した魔王。
悪と同じ存在であるにも関わらず、人間に味方した正義のヒロイン。
立場も、姿も、全てが両極に存在する。
それが、オレとこの女の関係だった。

「なのに、なんでだよ」

オレは、思わず歯噛みした。

「なんでお前は、オレを庇って死にかけてるんだよ‼」

脇腹から流れる血が地面に溜まりを作り、彼女は青くなった顔で、浅い呼吸を繰り返している。
重い瞼がゆっくりと開き、彼女はオレの顔を見つめた。

「……怪我は、ない?」

オレは愕然とした。
まるで、今まで彼女が守ってきた民間人に言うように、彼女は小さな声で囁いた。
怪我なんて、ないに決まっている。
二人で戦っている最中、後ろから倒れてきたビルに飲み込まれるはずだったオレを、彼女が押しのけたのだから。

「オレ達は敵で、どちらかが死ぬまで争いは終わらない。そういう戦いをしてきたはずだろ! オレは仲間を、お前は正義を信じて、今まで戦ってきたんだ! なのに、こんなことで終わらせるつもりかよ。お前が信じた正義は、そんなものだったのかよ‼」

自分でも、何に怒っているのか分からなかった。
頭に血が上り、心臓が早鐘を鳴らし、感情のままに、オレは叫んでいた。

人間と、人間ならざる者の戦いは、彼女の存在によって大きく変化した。
オレ達と同じ特別な力を持ち、人間に排斥され、なのに人間に味方する正義のヒロイン。
長く続いた裏切り者との戦いも、これで最後だと覚悟して臨んだ。
数時間後に立っている一人が、この世界を支配することになるのだと本気で信じた。
確実に、殺すつもりでこの戦場に降り立った。

なのに……、死んでいく彼女を見て、オレはこんなにも動揺している。

「答えろよ! どうして敵であるオレを助けた⁉」

彼女は薄れゆく意識の中で、何事かを考えているようだった。
しばらく沈黙し、そしてやがて、ゆっくりと笑ってみせた。
オレの前に立ちふさがる時にみせる、あの堂々とした不敵な笑みを。

「……あなたが、助けて欲しそうな顔をしてたから」

オレはその言葉を聞いて、硬直した。
両親をこの手で殺した時から、誰かに助けてもらおうなんていう甘い考えは捨てていた。
助けてと言ったところで、振り向いてくれるヒトなんていなかった。
なのに、よりにもよって仇敵に、そんな言葉を投げかけられ、オレは何も言えないでいた。



その日。長かった悪と正義の戦いは終結した。
正義の死という、残酷な結末を迎えて。



【20年後】


スクランブル交差点は、あの時とは違い、大勢の人でごった返していた。
自分の職場や学校へと忙しなく向かう彼らは、もはやここで大規模な闘争が起きたことなどなど覚えていないだろう。

オレはビルの屋上から、アリのように群がる彼らを見下ろしていた。

「お前が守りたかった奴らは、お前のために祈る時間もないってよ」

20年前の今日。
オレとの死闘を経て、あの女は死んだ。
しかし、彼女の墓はどこにもない。その死を悼む者すらいない。
ヒーローという存在が消滅した世界では、彼女はただの犯罪者だ。
それが、自分の身を挺してまで何かを守ろうとした、正義のヒロインのなれの果てだ。

●●●●●●●●

「何かを、か」

果たして、それは一体なんだったのだろうか。
20年。ずっとそのことについて考えてきた。
彼女は最後に何を守り、何について微笑み、死んでいったのだろうか。

当時のことを思い出し、込み上げて来る想いを飲み込みながら、オレはスクランブル交差点に、青いユリの花を落とした。


◇◇◇

ヒーローが死に、悪の組織は世界を手にした。
人ならざる者はランスという名前を獲得し、人間はオレ達の前に跪(ひざまず)いた。
だが、それで世界が大きく変わったかというと、そうでもない。
ランス党が政権を握り、ランスが国のトップになりはしたものの、未だ人間が築き上げた社会を維持している。

人間を支配したが、オレは奴らを必要以上に弾圧しようとはしなかった。
自由を阻害され、怒りに燃える者達の力はよく分かっている。
だからこそ、悪のシンボルだったオレは引退し、人間には今までと同じ社会と、権利を与えた。
そして長い支配政権の中、少しずつ、ほんの少しずつ、オレ達ランスの住みよい世界へと、この国を作り変えていった。


オレは学生服に着替え、いつもの通学路を歩いていた。
ランスとは、強化細胞を身に纏うことで、変身能力を身につけた者のことだ。そのため通常の細胞もある程度操ることができ、こうして実年齢よりも若い姿になることができる。

組織を引退してからというもの、オレはこの能力を使って様々な身分を転々としていた。
目的があるわけではない。楽しんでいるわけでもない。
オレはずっと、暗闇の中で何かを探していた。
あのヒーローが最後に示した“何か”を。

『はーい! それじゃあみんなの夢はなんですかー?』

ふいに、ビルの側面に埋め込まれた大型ビジョンから、そんな声が聞こえてきた。
その映像は、デパートの屋上で行っているヒーローショーを撮影したもののようだった。ショーが終わり、進行役を務める女性が、笑顔で子供達にマイクを向けている。

『はい! 悪の組織のボスになって、日本を滅茶苦茶にしたいです‼』
『じゃあ君は?』
『誰かをいじめられる強いおとなになりたいです‼』

映像はそこで切れ、ニュース番組の報道ステーションに切り替わった。

『これはとあるヒーローショーで実際に起きた出来事です。みなさんはこれを見て、この国が正気だと本気で思っているんですか?』

キャスターである30代ほどの女性は、努めて冷静にそう言った。
それに応えるのは、大層な肩書を持つ評論家の中年男性だ。

『しかし、子供達がそう考えてしまうのも仕方がない。ヒーロー活動禁止法によって、他人を助けるという行為が悪になってしまった。正義を掲げ、誰かを助けても、誰にも感謝されない。むしろ罵倒の対象だ。ならば、悪の側に回りたいと思うのが人間でしょう』

キャスターは、ばんとテーブルを叩いた。

『それじゃいけないと思わないんですか⁉ こんなことでは、日本という国が駄目になってしまいます‼』
『しかし、ランス党が政権を握ってからというもの、今まで横ばいだった出生率が上がり、GDPも大きく伸びています。ランス党の支持率が7割を超えているという事実が、全てを物語っているんじゃありませんか?』

キャスターは歯噛みし、真剣な眼差しでカメラを見つめた。

『みなさん。もう一度よく考えてみてください。このままでは、本当に人間がランスに支配されてしまいます! 今まで通り何もせず、漫然と毎日を過ごしていたら、きっといつか痛い目を見ることになりますよ!』

そんな内容に、オレの周りにいる人間達の目は冷ややかだった。

「このおばさん、熱苦しいなー」
「ランスがトップでも今までうまくやってたんだから、これからも何とかなるでしょ」
「てかこの発言、ランス差別じゃね?」

ランス差別。
そんな言葉が、まるで流行語のように飛び交うようになるとは、20年前には考えられなかった。
当たり前のようにランスが罵倒されていたのも今は昔。現在は、人間とランスのちょっとした差異に言及するだけで、差別だと批判される。
今の世の中では、もはや人間がランスを支持するようになっていた。
そうなるように仕向けるのは、時間こそ必要だったが、とても簡単なことだった。

人間というのは、いつだって自分が正義でいたいのだ。
その結果誰かが傷つこうと、将来不利益を被(こうむ)ることになろうと気にしない。
今その時、自分達の正義に酔えるのならそれでいい。

だからオレは、奴らに正義を与えてやった。
不当に差別されてきたランスを助けられるのは人間だけだと声高に唱えるだけで、奴らは面白いように、ランスに味方するようになった。
人間こそが世界の支配者だとおだてれば、自らが生き辛くなるような法案も笑顔で通した。
慈悲深く、崇高な人間様は、弱者であるランスの言うことをなんでも聞いた。

「ねぇ。あれ恐喝じゃない?」

そんな言葉に導かれるように、オレは薄暗い路地裏に目を向けた。
そこにいたのは、オレと同じ学校の、二人の女子高生だった。
堂々とした佇まいを見せる金髪の女と、萎縮したように身体を縮込ませる黒髪の女。
金髪の女は黒髪の女からサイフを奪い、慣れた手つきで札を数えている。

「あんた、助けなよ」

近くにいた女が彼氏に言った。

「嫌だよ、そんなの。ヒーロー活動禁止法があるだろ」
「警察呼ぶだけなら大丈夫でしょ?」
「なんでそんなダサイことしないといけないんだよ」

ランス差別に怒る者が、弱者に手をさしのべることをダサイと言う。
それが、今のこの国の、歪んだ正義の象徴だった。

サイフを盗られた相手は、最初こそ取り返そうと手を伸ばしていたが、一度、強く肩を押されると、それだけで気が抜けたように力なく項垂れた。
もはや、全てを諦めたように、地面に視線を落としている。

ふと、彼女と目が合った。
オレがじっとそちらを見ていたからだろうか。
女は、何かを期待するように、こちらへ瞳を向けていた。
こんな世界であって尚、誰かの助けを欲している目だった。

……くだらない。
オレは冷ややかに笑って一蹴した。

何を勘違いしているのか知らないが、オレは正義の味方じゃない。
何の得もないというのに、他人同士の諍(いさか)いに割って入るような真似をするわけがない。
だいたい、オレはこういう他力本願な奴が大嫌いだ。
こんな世界で、助けてと叫ぶこともせず、ただ正義のヒーローの出現に思いを馳せる。
おこがましいにも程がある。

裏切られたショックから唖然とする女をしり目に、オレはため息をつきながらその場を離れた。
見たところ、あの恐喝に気付いた人間は、他にも何人かいたようだった。
しかし、全員が見て見ぬフリだ。
恐喝を止めるように彼氏をけしかけていた女ですら、結局何もしようとしない。

「弱い奴が悪いんだよ」

そんな風に弁明している男の声が、後ろから聞こえてきた。
助けを求める誰かを自業自得と切り捨て、今の世の中に警鐘を鳴らす者を同調圧力で排斥する。

20年前と同じく社会は人間のものであり、差別もなく争いもない平和な世界。
けれど確かに、世界は緩やかに、悪に染まりつつあった。


◇◇◇

「ちょっと待ちなよ」

そう呼び止められて初めて、オレは人気のない道を通ったことを後悔した。
学校への近道だからと、あまり何も考えずにルートを選択したのは誤りだった。

振り返ると、そこには、さきほど恐喝行為を働いていた金髪の女子がいた。

「あなたさ。……気付いてたでしょ?」
「何のことだ? 早くしないと学校に遅れるから──」
「とぼけないで! 私が恐喝しているのを見て、冷ややかに笑ってたでしょ⁉」

オレは思わず天を仰いだ。
いまさら、お前を笑ったんじゃないと言ったところで信じはしないだろう。
あんなもの、さっさと無視すればよかったんだ。
馬鹿なことを考えていたせいで、妙なトラブルに巻き込まれた。

「困るんだよね。さっきのこと、学校で言いふらされるの」
「言いふらしたりなんかしない。だから──」
「信用できるわけないでしょ! 私は学校推薦で大学が決まってるの! 変な噂を流されるわけにはいかないのよ!」

ヒステリックに叫んでいた女は、ふいに笑みを浮かべた。

「……そうだ。良いことを思いついた」

女の言い分に辟易していたオレは、その瞬間、顔をこわばらせた。

女の身体が、徐々に変化している。
筋肉が膨張し、骨格が音をたてて変形し、身体がどんどん大きくなる。
服をそのまま取り込むように毛皮が全身を覆い、爪が伸び、口が大きく裂けて牙が姿を現した。
二メートル以上ある巨体。その姿は、まるで二足歩行する虎だった。

「驚いて声もでない? そうよ。私はランスなの」

悦に入り、女は陽気に喋っている。

「あなたも知ってるでしょ? ランスを守るために作られたランス保護法。自身がランスだとばらされ、社会的地位が脅かされると判断した場合、自己防衛としての攻撃が認められてるってやつ。あなたは今、私がランスだということを認識した。つまり現時点で、私は合法的に、あなたを食い殺すことができるっていうわけ」

女はゆっくりとオレに近づいて来る。
肉食獣となった口からは、獲物を前に、だらだらとよだれが垂れていた。

「理不尽よねぇ。私もそう思う。でもこれが法律。世界のルール。誰も私を裁けないし、誰もあなたを助けない」

女の言う通り、これが世界のルールだ。
理不尽で、無慈悲で、正義なんて欠片も見当たらない世界だ。

ふいに、あのヒーローの、最後の笑みを思い出した。
あいつは、オレを助けたことに満足していた。
こんなクソみたいな世界を作ったオレに、何かを託した気でいた。

オレは正義の味方じゃない。
オレはあいつのようになれなかった。
いつも堂々とオレの前に立ちふさがり、どんな困難だろうと不敵な笑みを崩さず、決して大事なことを見失わない、あいつのようには──

「死ねえええええ‼」

女の鋭利な牙が向かってくる。

その時、オレはようやく気付いた。
背後から聞こえる、無数のコウモリの羽音に。

「ぐえっ‼」

一瞬の内に、女は吹き飛ばされていた。
突然現れた何者かが、奴の顔に飛び蹴りをお見舞いしたのだ。

それは、女性のランスだった。
黒いスーツの形をした強化細胞を身に纏い、コウモリをモチーフにしたアイマスクで正体を隠した、見ず知らずの女だった。

今、こいつは何をした?
オレを、助けたのか?
誰かを助けることを悪とする、このクソみたいな世界で?

オレは唖然としていた。
幼く、頼りないその背中が、ずっと忘れられないあの女のものと、重なったのだ。

後ろを向くと、彼女がやって来た方角には、投げ捨てられた学生鞄があった。
間違いない。こいつは、さっき恐喝を受けていた女だ。
文句も言えず、誰かに縋ることもできなかった、あの弱過ぎる女だ。

オレは再び、その女の方を見た。
虎の姿になった女にまたがり、取り押さえようと必死になっている。
自分の身も顧みず、誰かのために戦っている。

気付けば、オレは身震いしていた。
初めてあのヒーローと対峙した時にも感じた、ある種の高揚感が、オレの身体に渦巻いていた。
あのヒーローは敵で、裏切り者で、ただただ邪魔な存在だった。けれどその存在に、どこか希望を感じていた。
世の中、捨てたものじゃないんだと、そう感じることができた。

あの時と同じ感覚を、オレはこの先、ずっと持てないんだと思っていた。
誰かに期待したり、何かに希望を持つことなんて、ないのだと思っていた。
だが、今目の前にいるこの女は、そんなオレの諦観を、いとも簡単に吹っ飛ばした。

そう。この女の行いは、まさに──

ドガッ! バキッ! ボゴッ‼

まさに、正義そのもの……

ドゴっ! グシャ‼ バキッ‼ ブシャアア‼

「いや、やり過ぎだろ‼」

辺り一面、血で真っ赤に染まっても殴るのを止めない女の腕を、オレは思わず掴んだ。

正義そのものだとか言ったが、撤回する。
このバイオレンスっぷりは、まさしく悪党のそれだ。

「ひいいい‼」

女は泣き叫びながら、一目散に逃げて行った。
その場に取り残された女は、肩で息をしながら、逃げる敵の後ろ姿を見つめている。

明らかに戦い慣れていない動き。緊張で震える指先。
それらが、これが彼女の初陣であることを物語っていた。
この女は今日、生まれて初めて誰かと戦った。
自分のために何もできなかった女が、誰かのために、初めてその拳を振るったのだ。

「なんで助けた」

気付けば、オレはそんなことを彼女に聞いていた。

「お前には何の得もない。それどころか、この世界じゃ人を助けるのは重犯罪だ。なのに、自分の身を挺してまで、どうしてオレを助けた!」

お前を助けなかったオレを。
お前の訴えに対し、冷ややかに笑ってみせたオレを、どうして……

「……た、助けて欲しそうな顔だった、から」

女は、しどろもどろにそう答えた。
あいつとは似ても似つかない、自信なさげな顔で。

「あ! もうこんな時間! 早く学校に行かないと遅刻する‼」

そう言って、女は走って行った。
オレはその場から動けず、ただ黙って下を向いていた。

あのヒーローは、最後に何かを守って死んだ。
その何かを、オレは20年、ずっと探し続けてきた。

答えなんて分からない。
どれだけ探しても、知りようがない。
唯一その答えを知っている奴は、とうの昔に死んだのだから。

だが、オレは思ったのだ。
もしかしたら……。
もしかしたらあいつなら、その答えを教えてくれるんじゃないかと。
弱くて、バイオレンスで、正義のヒーローとは程遠い。けれど何よりも強いものを持った、あの女なら。

ヒーロー小説の冒頭を変えてみた5


本文中の『●●●●●●●●』までは、前回と同じ内容です。


<本文>

『あなたが本当に困った時は、ちゃんと助けてと言える大人になりなさい。そしたらきっと、正義のヒーローみたいな人が現れて、あなたを助けてくれるわ』

おふくろのその言葉が嘘だということを、オレはおふくろから教わった。
血に塗れた手で両親の死体を見下ろした時、オレは悟ったのだ。
この世界では、誰かに助けを求めたところで、誰も助けてくれない。
だからオレは、奪われる側から、奪う側へと回ったんだ。



普段は忙しなく人が行き交うスクランブル交差点。
そこはもはや、廃墟と呼ぶに相応しい場所になっていた。
大小さまざまなクレーターが地面を覆い、いくつものビルが倒壊している。
そのビルの側で、オレは一人の女を抱えたまま、蹲っていた。

おぞましいドクロのマスクで顔を隠し、黒のロングコートをなびかせるオレに対し、女は虹色に輝くゴーグルをつけ、純潔を示す白のスーツを着こなしていた。
人間に宣戦布告し、悪の組織を結成した魔王。
悪と同じ存在であるにも関わらず、人間に味方した正義のヒロイン。
立場も、姿も、全てが両極に存在する。
それが、オレとこの女の関係だった。

「なのに、なんでだよ」

オレは、思わず歯噛みした。

「なんでお前は、オレを庇って死にかけてるんだよ‼」

脇腹から流れる血が地面に溜まりを作り、彼女は青くなった顔で、浅い呼吸を繰り返している。
重い瞼がゆっくりと開き、彼女はオレの顔を見つめた。

「……怪我は、ない?」

オレは愕然とした。
まるで、今まで彼女が守ってきた民間人に言うように、彼女は小さな声で囁いた。
怪我なんて、ないに決まっている。
二人で戦っている最中、その衝撃で後ろから倒れてきたビルに飲み込まれるはずだったオレを、彼女が押しのけたのだから。

「オレ達は敵で、どちらかが死ぬまで争いは終わらない。そういう戦いをしてきたはずだろ! オレは仲間を、お前は正義を信じて、今まで戦ってきたんだ! なのに、こんなことで終わらせるつもりかよ。お前が信じた正義は、そんなものだったのかよ‼」

自分でも、何に怒っているのか分からなかった。
頭に血が上り、心臓が早鐘を鳴らし、感情のままに、オレは叫んでいた。

人間と、人間ならざる者の戦いは、彼女の存在によって大きく変化した。
オレ達と同じ特別な力を持ち、人間に排斥され、なのに人間に味方する正義の味方。
長く続いた裏切り者との戦いも、これで最後だと覚悟して臨んだ。
数時間後に立っている一人が、この世界を支配することになるのだと本気で信じた。
確実に、殺すつもりでこの戦場に降り立った。

なのに……、死んでいく彼女を見て、オレはこんなにも動揺している。

「答えろよ! どうして敵であるオレを助けた⁉」

彼女は薄れゆく意識の中で、何事かを考えているようだった。
しばらく沈黙し、そしてやがて、ゆっくりと笑ってみせた。
オレの前に立ちふさがる時にみせる、あの堂々とした不敵な笑みを。

「……あなたが、助けて欲しそうな顔をしてたから」

オレはその言葉を聞いて、硬直した。
両親をこの手で殺した時から、誰かに助けてもらおうなんていう甘い考えは捨てていた。
助けてと言ったところで、振り向いてくれるヒトなんていなかった。
なのに、よりにもよって仇敵に、そんな言葉を投げかけられ、オレは何も言えないでいた。



その日。長かった悪と正義の戦いは終結した。
正義の死という、残酷な結末を迎えて。



【20年後】


スクランブル交差点は、あの時とは違い、大勢の人でごった返していた。
自分の職場や学校へと忙しなく向かう彼らは、もはやここで大規模な闘争が起きたことなどなど覚えていないだろう。

オレはビルの屋上から、アリのように群がる彼らを見下ろしていた。

「お前が守りたかった奴らは、お前のために祈る時間もないってよ」

20年前の今日。
オレとの死闘を経て、あの女は死んだ。
しかし、彼女の墓はどこにもない。その死を悼む者すらいない。
ヒーローという存在が消滅した世界では、彼女はただの犯罪者だ。
それが、自分の身を挺してまで何かを守ろうとした、正義のヒロインのなれの果てだ。

●●●●●●●●

「何かを、か」

果たして、それは一体なんだったのだろうか。
20年。ずっとそのことについて考えてきた。
彼女は最後に何を守り、何について微笑み、死んでいったのだろうか。

当時のことを思い出し、込み上げて来る想いを飲み込みながら、オレはスクランブル交差点に、青いユリの花を落とした。


◇◇◇

ヒーローが死に、悪の組織は世界を手にした。
人ならざる者はランスという名前と権利を獲得し、人間はオレ達の前に膝まづいたのだ。
だが、それで世界が大きく変わったかというと、そうでもない。
ランス党が政権を握り、ランスが国のトップになりはしたものの、未だ人間が築き上げた社会を維持している。

人間は支配したが、オレは奴らを必要以上に弾圧しようとはしなかった。
自由を阻害され、怒りに燃える者達の力はよく分かっている。
だからこそ、悪のシンボルだったオレは引退し、人間には今までと同じ社会と、権利を与えた。
そして長い支配政権の中、少しずつ、ほんの少しずつ、オレ達ランスの住みよい世界へと、この国を作り変えていった。


オレは学生服に着替え、いつもの通学路を歩いていた。
ランスとは、強化細胞を身に纏うことで、変身能力を身につけた者のことだ。そのため通常の細胞もある程度操ることができ、こうして実年齢よりも若い姿になることができる。

組織を引退してからというもの、オレはこの能力を使って様々な身分を転々としていた。
目的があるわけではない。楽しんでいるわけでもない。
オレはずっと、暗闇の中で何かを探していた。
あのヒーローが最後に示した“何か”を。

『はーい! それじゃあみんなの夢はなんですかー?』

ふいに、ビルの側面に埋め込まれた大型ビジョンから、そんな声が聞こえてきた。
その映像はデパートの屋上で行っているヒーローショーのようで、進行役を務める女性が、笑顔で子供に向けて問いかけているシーンだった。

『はい! 悪の組織のボスになって、日本を滅茶苦茶にしたいです‼』
『じゃあ君は?』
『誰かをいじめられる強いおとなになりたいです‼』

映像はそこで切れ、ニュース番組の報道ステーションに切り替わった。

『これはとあるヒーローショーで実際に起きた出来事です。みなさんはこれを見て、この国が正気だと本気で思っているんですか?』

キャスターである30代ほどの女性は、努めて冷静にそう言った。
それに応えるのは、大層な肩書を持つ評論家の中年男性だ。

『しかし、子供達がそう考えてしまうのも仕方がない。ヒーロー活動禁止法によって、他人を助けるという行為が悪になってしまった。正義を掲げ、誰かを助けても、誰にも感謝されない。むしろ罵倒の対象だ。ならば、悪の側に回りたいと思うのが人間でしょう』

キャスターは、ばんとテーブルを叩いた。

『それじゃいけないと思わないんですか⁉ こんなことでは、日本という国が駄目になってしまいます‼』
『しかし、ランス党が政権を握ってからというもの、今まで横ばいだった出生率が上がり、GDPも大きく伸びています。ランス党の支持率が7割を超えているという事実が、全てを物語っているんじゃありませんか?』

キャスターは歯噛みし、真剣な眼差しでカメラを見つめた。

『みなさん。もう一度よく考えてみてください。このままでは、本当に人間がランスに支配されてしまいます! 今まで通り何もせず、漫然と毎日を過ごしていたら、きっといつか痛い目を見ることになりますよ!』

そんな内容に、オレの周りにいる人間達の目は冷ややかだった。

「このおばさん、熱苦しいなー」
「ランスがトップでも今までうまくやってたんだから、これからも何とかなるでしょ」
「てかこの発言、ランス差別じゃね?」

ランス差別。
そんな言葉が、まるで流行語のように飛び交うようになるとは、20年前には考えられなかった。
当たり前のようにランスが罵倒されていたのも今は昔。現在は、人間とランスのちょっとした差異に言及するだけで、差別だと批判される。
今の世の中では、もはや人間がランスを支持するようになっていた。
そうなるように仕向けるのは、時間こそ必要だったが、とても簡単なことだった。

人間というのは、いつだって自分が正義でいたいのだ。
その結果誰かが傷つこうと、将来不利益を被ることになろうと気にしない。
今その時、自分達の正義に酔えるのならそれでいい。
だからオレは、奴らに正義を与えてやった。誰もが理解できる大義を与えてやった。
ただそれだけで、奴らは面白いように、ランスに味方するようになった。

助けを求める誰かを自業自得と切り捨て、今の世の中に警鐘を鳴らす者を同調圧力で排斥する。
20年前と同じく社会は人間のものであり、差別もなく争いもない平和な世界。
けれど確かに、世界は緩やかに、悪に染まりつつあった。


◇◇◇

満員電車の中、オレはつる革を掴んで必死にバランスを取っていた。
毎度思うが、これほどストレスの溜まる移動方法もないだろう。
本来なら部下に車で送迎させるところだが、今はしがない学生の身分だ。あまり目立つことはできない。

ふと隣を見ると、オレと同じように苦々しい顔で手すりにつかまっている女子生徒がいた。
どこかで見たことがある。
確か、同じ学校のクラスメートだったはずだ。
教室では愛想笑いを浮かべているのに忙しく、クラスメートの顔も名前も、ほとんど覚えていなかった。

彼女はもじもじと身体を動かし、忙しなく視線をさまよわせている。
何やら様子がおかしい。
しかしそれは、彼女の後ろを見ればすぐに分かった。
満員電車とはいえ、明らかに彼女に寄り過ぎている、小太りの男性サラリーマンがいたのだ。
直に触ろうとはしていないものの、その荒々しい呼吸は明らかに異常だ。男の吐息が頭にかかるのか、彼女は時折、びくりと顔を背けるようにしていた。

ふいに、彼女と目が合った。
その目は、何かを期待した目だった。
こんな世界であって尚、助けを欲している目だ。
オレはそれを、冷ややかに笑って一蹴した。

オレは正義の味方じゃない。
それに、個人的にこういう輩は大嫌いだ。
こんな世界で、誰かに助けてもらうのを待つだけなんて、おこがましいにも程がある。

彼女はそれを見て、小さな子供のように、真っ赤になって頬を膨らませていた。
オレに感じた怒りを、どうしてこの気色の悪いオヤジに向けられないのかと嘆息しながら、オレはその場から離れた。

見たところ、痴漢行為に気付いた人間は何人かいたようだった。
しかし、全員が見て見ぬフリだ。

この世界では、誰かを守ろうとする者はいない。
弱者が助けてと叫ぶこともできない。

オレは思った。
あいつが守りたかった世界は、こんな世界だったのだろうか。
そしてオレが作りたかった世界は、本当にこんな世界だったのだろうか。


◇◇◇

「おい。待てよ」

そう呼び止められて初めて、オレは人気のない路地裏を通ったことを後悔した。
学校への近道だからと、あまり何も考えずにルートを選択したのは誤りだった。

振り返ると、そこには、さきほど痴漢行為を働いていた中年男性がいた。

「お前……気付いてただろ?」
「何のことですか? 早くしないと学校に遅れるんで──」
「とぼけるな! オレが、ち、ち、痴漢してるのを知って、冷ややかに笑っただろうが‼」

オレは思わず天を仰いだ。
痴漢するなら、もう少し人間観察を学んでからにするべきだ。

「困るんだよ。そういうことを言いふらされるの」
「言いふらしませんよ。だから──」
「信用できるか! 今度不祥事を起こしたらクビだって、上司から言われてるんだ‼」

ヒステリックに叫んでいた中年男性は、ふいに笑みを浮かべた。

「そ、そうだ。良いことを思いついた」

男の言い分に辟易していたオレは、その瞬間、顔をこわばらせた。
男の身体が、徐々に変化している。
筋肉が膨張し、骨格が音をたてて変形し、身体がどんどん大きくなる。
服が身体の大きさに耐えられずに破けると、皮膚からは毛が生え、爪が伸び、口が大きく裂けて牙が姿を現した。
二メートル以上ある巨体。その姿は、まるで二足歩行する虎だった。

「驚いて声もでないか? そうさ。俺はランスなんだ」

悦に入り、男は陽気に喋っている。

「生意気な学生に社会の授業だ。今の世の中は、ランスを守るためのランス保護法というものが存在する。自身がランスだとばらされ、社会的地位が脅かされると判断した場合、自己防衛としての攻撃が認められているのさ。お前は今、俺がランスだということを認識した。つまり現時点で、俺は合法的に、お前をぶっ殺すことができるってわけさ」

男はゆっくりとオレに近づいて来る。
肉食獣となった口からは、獲物を前に、だらだらとよだれを垂らしていた。

「理不尽だよなぁ。俺もそう思うよ。だがこれが法律だ。世界のルールだ。誰も俺を裁けないし、誰もお前を助けない」

男の言う通り、これが世界のルールだ。
理不尽で、無慈悲で、正義なんて欠片も見当たらない世界だ。

ふいに、あのヒーローの、最後の笑みを思い出した。
あいつは、オレを助けたことに満足していた。
こんなクソみたいな世界を作ったオレに、何かを託した気でいた。

オレは正義の味方じゃない。
オレはあいつのようになれなかった。
いつも堂々とオレの前に立ちふさがり、どんな困難だろうと不敵な笑みを崩さず、決して大事なことを見失わない、あいつのようには──

「死ねえええええ‼」

男の鋭利なツメが振り下ろされる。

その時、オレはようやく気付いた。
背後から聞こえる、無数のコウモリの羽音に。

「ぐえっ‼」

一瞬の内に、男は吹き飛ばされていた。
突然現れた何者かが、奴の顔に蹴りをお見舞いしたのだ。

地面に降り立つその女は、黒いスーツの形をした強化細胞を身に纏っていた。
コウモリをモチーフにしたアイマスクで正体を隠しているが、オレは本能的に、彼女の正体を察していた。

後ろを向くと、彼女がやって来た方角には、投げ捨てられた学生鞄があった。
間違いない。こいつは、さっきのクラスメートだ。
痴漢相手に文句も言えず、誰かに縋ることもできなかった、あの弱過ぎる女だ。

オレは再び、その女の方を見た。
虎の姿になった大男にまたがり、取り押さえようと必死になっている。

今、こいつは何をした?
オレを、助けたのか?
誰かを助けることを悪とする、このクソみたいな世界で?

気付けば、オレは身震いしていた。
初めてあのヒーローと対峙した時にも感じた、ある種の高揚感が、オレの身体に渦巻いていた。
あのヒーローは敵で、裏切り者で、ただただ邪魔な存在だった。けれどその存在に、どこか世界の希望を感じていた。
世の中、捨てたものじゃないんだと、そう感じることができた。
あの時と同じ感覚を、オレはこの先、ずっと持てないんだと思っていた。
誰かに期待したり、何かに希望を持つことなんて、ないのだと思っていた。
だが、今目の前にいるこの女は、そんなオレの諦観を、いとも簡単に吹っ飛ばした。

そう。この女の行いは、まさに──

ドガッ! バキッ! ボゴッ‼

まさに、正義そのもの……

ドゴっ! グシャ‼ バキッ‼ ブシャアア‼

「いや、やり過ぎだろ‼」

辺り一面、血で真っ赤に染まっても殴るのを止めない女の腕を、オレは思わず掴んだ。

正義そのものだとか言ったが、撤回する。
このバイオレンスっぷりは、まさしく悪党のそれだ。

「ひいいい‼」

男は泣き叫びながら、一目散に逃げて行った。
女は肩で息をしながら、その後ろ姿を興奮した様子で見つめている。
この、明らかに戦い慣れていない動き。
間違いない。この女は今日、生まれて初めて戦った。
誰かのために、初めてその拳を振るったのだ。

「なんで助けた」

気付けば、オレはそんなことを彼女に聞いていた。

「お前には何の得もない。それどころか、この世界じゃ人を助けるのは重犯罪だ。なのに、自分の身を挺してまで、どうしてオレを助けた」

お前を助けなかったオレを。
お前の訴えに対し、冷ややかに笑ってみせたオレを、どうして……

「……た、助けて欲しそうな顔だった、から」

女は、しどろもどろにそう答えた。
あいつとは似ても似つかない、自信なさげな顔で。

「あ! もうこんな時間! 早く学校に行かないと遅刻する‼」

そう言って、女は走って行ってしまった。
オレはその場から動けず、ただ黙って下を向いていた。

あのヒーローは、最後に何かを守って死んだ。
その何かを、オレは20年間、ずっと探し続けてきた。

答えなんて分からない。
どれだけ探しても、知りようがない。
その答えを知っている奴は、とうの昔に死んだのだから。

だが、オレは思ったのだ。
もしかしたら……。
もしかしたらあいつなら、その答えを教えてくれるかもしれないと。
弱くて、暴力的で、正義のヒーローとは程遠い。けれど何よりも強いものを持った、あの女なら。


ヒーロー小説の冒頭を変えてみた4



四度目にして、ようやく自分が満足できる冒頭を書くことができた。
あとは他人が満足してくれるかどうか。



<本文>

『あなたが本当に困った時は、ちゃんと助けてと言える大人になりなさい。そしたらきっと、正義のヒーローみたいな人が現れて、あなたを助けてくれるわ』

おふくろのその言葉が嘘だということを、オレはおふくろから教わった。
血に塗れた手で両親の死体を見下ろした時、オレは悟ったのだ。
この世界では、誰かに助けを求めたところで、誰も助けてくれない。
だからオレは、奪われる側から、奪う側へと回ったんだ。



普段は忙しなく人が行き交うスクランブル交差点。
そこはもはや、廃墟と呼ぶに相応しい場所になっていた。
大小さまざまなクレーターが地面を覆い、いくつものビルが倒壊している。
そのビルの側で、オレは一人の女を抱えたまま、蹲っていた。

おぞましいドクロのマスクで顔を隠し、黒のロングコートをなびかせるオレに対し、女は虹色に輝くゴーグルをつけ、純潔を示す白のスーツを着こなしていた。
人間に宣戦布告し、悪の組織を結成した魔王。
悪と同じ存在であるにも関わらず、人間に味方した正義のヒロイン。
立場も、姿も、全てが両極に存在する。
それが、オレとこの女の関係だった。

「なのに、なんでだよ」

オレは、思わず歯噛みした。

「なんでお前は、オレを庇って死にかけてるんだよ‼」

脇腹から流れる血が地面に溜まりを作り、彼女は青くなった顔で浅い呼吸を繰り返している。
重い瞼がゆっくりと開き、彼女はオレの顔を見つめた。

「……怪我は、ない?」

オレは愕然とした。
まるで、今まで彼女が守ってきた民間人に言うように、彼女は小さな声で囁いた。
怪我なんて、ないに決まっている。
二人で戦っている最中、その衝撃で後ろから倒れて来たビルに飲み込まれるはずだったオレを、彼女が押しのけたのだから。

「オレ達は敵で、どちらかが死ぬまで争いは終わらない。そういう戦いをしていたはずだろ! オレは仲間を、お前は正義を信じて、今まで戦ってきたんだ! なのに、こんなことで終わらせるつもりかよ。お前が信じた正義は、そんなものだったのかよ‼」

自分でも、何に怒っているのか分からなかった。
頭に血が上り、心臓が早鐘を鳴らし、感情のままに、オレは叫んでいた。

人間と、人間ならざる者の戦いは、彼女の存在によって大きく変化した。
オレ達と同じ特別な力を持ち、人間に排斥され、なのに人間に味方する正義の味方。
長く続いた裏切り者との戦いも、これで最後だと覚悟して臨んだ。
数時間後に立っている一人が、この世界を支配することになるのだと本気で信じた。
確実に、殺すつもりでこの戦場に降り立った。

なのに……、死んでいく彼女を見て、オレはこんなにも動揺していた。

「答えろよ! どうして敵であるオレを助けた⁉」

彼女は薄れゆく意識の中で、何事かを考えているようだった。
しばらく沈黙し、そしてやがて、ゆっくりと笑ってみせた。
オレの前に立ちふさがる時にみせる、あの堂々とした不敵な笑みを。

「……あなたが、助けて欲しそうな顔をしてたから」

オレはその言葉を聞いて、硬直した。
両親をこの手で殺した時から、誰かに助けてもらおうなんていう甘い考えは捨てていた。
助けてと言ったところで、振り向いてくれるヒトなんていなかった。
なのに、よりにもよって仇敵にそんな言葉を投げかけてられ、オレは何も言えないでいた。



その日。長かった悪と正義の戦いは終結した。
正義の死という、残酷な結末を迎えて。



【20年後】


スクランブル交差点は、あの時とは違い、大勢の人でごった返していた。
自分の職場や学校へと忙しなく向かう彼らは、もはやここで大規模な闘争が起きたことなどなど覚えていないだろう。

オレはビルの屋上から、アリのように群がる彼らを見下ろしていた。

「お前が守りたかった奴らは、お前のために祈る時間もないってよ」

20年前の今日。
オレとの死闘を経て、あの女は死んだ。
しかし、彼女の墓はどこにもない。その死を悼む者すらいない。
ヒーローという存在が消滅した世界では、彼女はただの犯罪者だ。
それが、自分の身を挺してまで何かを守ろうとした正義のヒロインの、なれの果てだ。

オレは懐からユリの花を取り出し、それを外へと放り投げた。


◇◇◇


「細谷君、おはよう」
「おっす細谷!」
「細谷君、おっはー! 相変わらずイケメンだねぇ」

オレが教室に入ると、いつものようにクラスの人間共が群がってきた。
一度こうなると、収拾がつくまでは移動することすら敵わない。
自分の席に座ることもできず、どうでもいい挨拶を延々と聞かされるこの時間が、オレは大嫌いだった。

「やあ。みんな、おはよう」

一段落してから、オレはにこやかにそう返した。
彼らはそれを親愛の証だと信じ込み、顔をほころばせる。
人間の群れが割れて一本の道ができあがり、ようやくオレは、自分の席に着くことが許された。

クラスで一番の人気者に、笑顔で挨拶される。
それが、自分の高校生活を穏やかに過ごすために必要不可欠なものだと、こいつらは信じていた。
まったくもって下らないが、これが人間共の社会だ。そこで生活していく以上、オレも最低限、こいつらに合わせなければならない。

オレの名前は細谷守。17歳。
両親は仕事の都合で海外にいて、現在は一人暮らし。
ルックスは芸能人にも劣らない、真面目で爽やかな好青年。
成績優秀で、スポーツ万能で、およそ非の打ちどころのないクラスのムードメーカー。
……というのが、今の設定だ。

その真の正体は、20年前、悪の組織を結成し、人間共を恐怖のどん底に陥れた男。
人間との最終決戦でヒーローを打ち破り、事実上の征服を果たした悪の組織の親玉だ。
古来から語り継がれる物語によると、悪は滅びるものらしいが、現実は違う。
悪は生き残り、正義は滅びた。
怪物(フリークス)と罵られてきたオレ達は、ランスという新しい名前を手に入れ、人間と同じ……いや、それ以上の市民権を手に入れたのだ。

「ねぇ、見てよ。あのコウモリ女、また細谷君のこと無視してる」

オレが席に座ると、当然のように輪になって集まるクラスメート達。その中で、唯一その異常な輪の中に入っていない女子生徒がいた。
日隠リア。通称、コウモリ女。
うなじほどにまで伸びた黒髪は、何の手入れもしていないことが一目で分かる。背筋を曲げて座る姿勢も決して健康的とは言えず、非常に暗い印象を周囲に与えている。

「ホント、何様なんだろうね」
「あれじゃね? みんなと違うことしてる私ってかっこいい! みたいな」
「中二かよ……」

茶髪の女子が、日隠リアの席にずかずかと近づいた。

「ねぇ、コウモリ女。ジュース買ってきてよ」

日隠リアは、ずっと項垂れたまま動かなかった。

「無視すんな」

女子は、日隠リアの頭頂部を殴った。
それでも動く気配のない彼女に苛立ち、今度は彼女の椅子や机を蹴り始める。

「あかり! もうその辺で……」

クラスメートが、ちらと教室の入り口に目をやった。
そこには、ちょうど今しがた教室に入ってきた担任教師がいた。
女子は一瞬だけ動揺するも、すぐにあっけらかんとした笑顔で手を挙げた。

「あ、すみませーん! ただのいじめなので、スルーしてくださーい!」
「ちょ、ちょっと! 何言ってるの⁉」
「大丈夫だって。これってあれでしょ? ヒーロー活動禁止法。当事者同士の争いに、私的な理由で干渉できないってやつ」

教師はじっと彼女達を見つめていたが、やがてにこりと微笑んだ。

「……そう。程々にね」

そのあまりにずれた発言に、噴き出す者までいた。
だが、この教師の判断は正しい。
ヒーロー活動禁止法に抵触すれば、どのような理由であれ、第一級の国家反逆罪として厳罰に処されることとなるからだ。

誰かを助けることが悪になるこの時代では、一度落ちた人間は希望を持つことすらできない。
だからこそ、クラスメート達はそうならないよう人気者にすり寄り、落ちてしまった人間を見て、ほっと胸を撫で下ろすのだ。

「みなさんもご存知かと思いますが、今日は特別な日です」

ホームルームの時間。担任の教師が、厳かな調子でそう切り出した。

「20年前の今日。この国の未来を大きく左右する歴史的事件がありました。それが『ランス闘争』です」

その呼称を聞くだけで、オレは当時の出来事を鮮明に思い出すことができた。
燃え盛る街並み。折り重なる仲間の死体。涙ながらの咆哮。
それはまさに、地獄と呼ぶに相応しいものだった。

「ランスとは、強化細胞といわれる皮膚で、自在に身体を覆うことのできる特異体質者です。その力はこの国の発展のためにも、非常に有益で素晴らしいものです。しかし当時の人間達は、その力を理解していなかった。理解できないものを必要以上に怖がり、彼らに暴力を振るってきたのです。ただ穏やかに生活していたランス達は、その日、とうとう怒り、人間に反発した。そうして起こったのが『ランス闘争』です。この闘争で、人間達は目を覚ましました。ランスにこの国を託し、人間とランスが共に暮らせる世界を作ることを約束したのです」

よくできた物語だ。
しかし、この物語は現実である。都合の悪い部分を全て抜いた、見栄えの良い物語。
古来から語り継がれる物語によると、悪は滅びる。
ならば、自分達が正義になり替わればいい。悪と罵られ、怪物(フリークス)と蔑まれた歴史を葬り去ればいい。

「君達は、ランス闘争以降に生まれた第二世代です。第一世代である私達と同じ過ちを繰り返してはいけません。そのためにも、こうして定期的に歴史を振り返ることが重要なのです。ランスが生きる権利を保障するランス保護法とヒーロー活動禁止法は、今のこの国の要なのです」
「先生~。ってことは、そもそも人間が悪いことをしたってことですか? ランスは正義で、100%悪くないってことですよね」

教師は、にこにこと笑っている。
しかし、教卓に置かれていた握りこぶしが、小刻みに震えていた。

「……違う」
「え?」

教師は、拳で教卓を叩いた。

「奴らはその力を行使し、虐殺を楽しんでいた。ずっと以前から、我々を見下していたんだ! 奴らを排除しようとした我々人間の判断は正しかった! 今も尚、奴らは秘密裏に人間を非人道的な方法で弄んでいる。奴らは今も昔も、怪物(フリークス)だ‼」

途端、教室の隅に設置されていた監視カメラが、教師の方へ向いた。

ビーーーー、ビーーーー、ビーーーー‼

けたたましいアラートが鳴ったかと思うと、天井から無数のアームが現れ、速やかに教師を拘束した。

『ランス保護法に抵触しました。ランスへの不当な差別発言は捕獲対象です』
「やめろ! 俺は本当のことを言っただけだ! こんなのは人権侵害だろ‼」

教師は必死に暴れているが、機械の腕はびくともしない。
しばらくすると、武装した兵士が到着し、教師の手首に手錠がはめられた。

「奴らは俺の家族を殺した! こんな奴らが正義だなんて、俺は絶対に認めないぞ‼」

最後の最後に、彼はそう言い残して連行されていった。
ご愁傷様だな。
だが、危険思想の持ち主を野放しにしておくわけにはいかない。
オレは薬品が入っていた瓶を、手のひらの上で転がした。

飲み物の中に、少し自制心が効かなくなるクスリを混入させる。
この手の裏工作は、昔から腐るほどやってきた、オレの得意分野だ。

「先生、家族を殺されたの? かわいそう……」
「でもはじめに攻撃したのは人間でしょ? 自業自得じゃん」
「今はランスが人間を守ってくれてるんだぜ? 味方に文句言ってどうするんだっての」

オレは思わず鼻で笑った。
自分達を守っている者が味方とは限らない。
そんなことは、少し考えれば分かることだ。……いや、もしかしたら、分かりたくないだけかもしれない。
そっちの方が楽だから。嫌なことを考えなくて済むから。

日隠リアをいじめて楽しんでいるのと同じだ。
都合の悪いことは考えず、ただその場を乗り切ればいい。
和を乱さず、個性を殺し、大衆が作る流れに沿って生きていればいい。
道を踏み外した時、自分を助けてくれる者なんていないのだから。

これでも、20年前に比べれば、今の世の中はずいぶんとマシになった。
争いもなく、差別もない。少なくとも表面上は、平和を維持している。
けれど確かに、世界は緩やかに、悪に染まりつつあった。

自習を命じられ、教師のいなくなったクラスで、再び日隠リアへのいじめが横行する。
彼女は何も言わず、項垂れていた。けれど机に置かれたその手は、先程の教師のように、ぎゅっと固く握りこぶしを作っていた。

時々、ふと思うことがある。
あの戦いで、もしも彼女が勝っていたら、どうなっていただろうかと。
未曽有の危機から人間を救った英雄として、ランスは認められたのだろうか。
もしもそうなっていたら、きっと今とは違った世界になっていただろう。
誰かに助けてと言える、そんな世の中に……

「……なんてな」

“もしも”なんて、暇人か馬鹿が考えることだ。
そんなことをしても過去は変わらないし、死んだ奴は生き返らない。
だから、オレはそんなことを考えない。
過去の亡霊が残していった“しこり”も、この胸に去来する空虚な想いも、全て幻想だ。

20年間、同じことを考え、同じ結論を出してきた。
けれどまた、来年のこの日は、きっと同じことを考える。
まるで呪いだなと、オレは一人、教室の中で自嘲した。

ヒーロー小説の冒頭を変えてみた3



前回書き直したヒーロー小説の冒頭を、もう一度書き直しました。
後半部分のリアリティがないという指摘を受け、世界観の説明がただの情報になっているんじゃないかと考え、学生の日常という視点から世界観を書いてみました。

現実感→納得感→説得力→自分たちの日常との比較

というのが、自分なりに考えて辿り着いた結論。
色々悩んだけど、これくらいしか思いつかなかった。


<本文>の『●●●●』以降が改稿箇所です。


<本文>


『あなたが本当に困った時は、ちゃんと助けてと言える大人になりなさい。そしたらきっと、正義のヒーローみたいな人が現れて、あなたを助けてくれるわ』

おふくろのその言葉が嘘だということを、オレはおふくろから教わった。
血に塗れた手で両親の死体を見下ろした時、オレは悟ったのだ。
この世界では、誰かに助けを求めたところで、誰も助けてくれない。
だからオレは、奪われる側から、奪う側へと回ったんだ。



普段は忙しなく人が行き交うスクランブル交差点。
今そこには、オレとその女しかいなかった。
おぞましいドクロのマスクで顔を隠し、黒のロングコートをなびかせるオレに対し、女は虹色に輝くゴーグルをつけ、純潔を示す白のスーツを着こなしていた。
立場も、姿も、全てが両極に存在する。
それが、オレとこの女の関係だった。

「年貢の納め時だな、正義のヒロイン」

オレは、どこか芝居がかった口調で、そう言った。

「長かった戦いも、これで終わりだ。悪の組織が人間共を手中に収めるのは時間の問題。あとは、正義を振りかざす鬱陶しい小バエを叩けば、我々の勝利だ」
「酷い言いぐさね。でも、それはこっちも同じことよ。あなたを倒せば、悪の組織は事実上壊滅する。そうなれば人間の勝利よ」

相変わらずの減らず口だ。
もはや情勢は大きくこちら側に傾き、万に一つの勝機もないというのに。

「最後通告だ。投降し、我が軍門に下れ。お前も我々と同じ、人にはない力を持って生まれて来た同志だ。同じく人に忌み嫌われ、排斥されてきたお前が、これ以上人間に義理を通す必要などないだろう?」
「あるわ。それが正義の務めだもの」

女は淡々と、さも当然のように言った。

「そうか」

オレは力強く握っていた拳を、ゆっくりと解いた。

「なら、その正義を今ここで打ち砕いてやる」
「やってみなさい。人を信じ、希望を信じた私の拳は、そう簡単に砕けやしないわよ」

その言葉が契機だった。
オレ達は一気に駆け寄り、その拳を、互いに向けて振り上げた。



●●●●

【20年後】


スクランブル交差点は、あの時とは違い、大勢の人でごった返していた。
自分の職場や学校へと忙しなく向かう彼らは、もはやここで大規模な闘争が起きたことなどなど覚えていないだろう。

オレはビルの屋上から、アリのように群がる彼らを見下ろしていた。

「お前が守りたかった奴らは、お前のために祈る時間もないってよ」

20年前の今日。
オレとの死闘を経て、あの女は死んだ。
しかし、彼女の墓はどこにもない。その死を悼む者すらいない。
それが、自分の身を挺してまで何かを守ろうとした正義のヒロインの、なれの果てだ。

オレは懐からユリの花を取り出し、それを外へと放り投げた。



◇◇◇


「細谷君、おはよう」
「おっす細谷!」
「細谷君、おっはー! 相変わらずイケメンだねぇ」

オレが教室に入ると、いつものようにクラスの人間共が群がってきた。
一度こうなると、収拾がつくまでは移動することすら敵わない。
自分の席に座ることもできず、どうでもいい挨拶を延々と聞かされるこの時間が、オレは大嫌いだった。

「やあ。みんな、おはよう」

一段落してから、オレはにこやかにそう返した。
彼らはそれを親愛の証だと信じ込み、顔をほころばせる。
人間の群れが割れて一本の道ができあがり、ようやくオレは、自分の席に着くことが許された。

クラスで一番の人気者に、笑顔で挨拶される。
それが、自分の高校生活を穏やかに過ごすために必要不可欠なものだと、こいつらは信じていた。
まったくもって下らないが、これが人間共の社会だ。そこで生活していく以上、オレも最低限、こいつらに合わせなければならない。

オレの名前は細谷守。17歳。
両親は仕事の都合で海外にいて、現在は一人暮らし。
ルックスは芸能人にも劣らない、真面目で爽やかな好青年。
成績優秀で、スポーツ万能で、およそ非の打ちどころのないクラスのムードメーカー。
……というのが、今の設定だ。

その真の正体は、20年前、悪の組織を結成し、人間共を恐怖のどん底に陥れた男。
人間との最終決戦でヒーローを打ち破り、事実上の征服を果たした悪の組織の親玉だ。
古来から語り継がれる物語によると、悪は滅びるものらしいが、現実は違う。
悪は生き残り、正義は滅びた。
怪物(フリークス)と罵られてきたオレ達は、ランスという新しい名前を手に入れ、人間と同じ……いや、それ以上の市民権を手に入れたのだ。

「ねぇ、見てよ。あのコウモリ女、また細谷君のこと無視してる」

オレが席に座ると、当然のように輪になって集まるクラスメート達。その中で、唯一その異常な輪の中に入っていない女子生徒がいた。
日隠リア。通称、コウモリ女。
うなじほどにまで伸びた黒髪は、何の手入れもしていないことが一目で分かる。背筋を曲げて座る姿勢も決して健康的とは言えず、非常に暗い印象を周囲に与えている。

「ホント、何様なんだろうね」
「あれじゃね? みんなと違うことしてる私ってかっこいい! みたいな」
「中二かよ……」

茶髪の女子が、日隠リアの席にずかずかと近づいた。

「ねぇ、コウモリ女。ジュース買ってきてよ」

日隠リアは、ずっと項垂れたまま動かなかった。

「無視すんな」

女子は、日隠リアの頭頂部を殴った。
それでも動く気配のない彼女に苛立ち、今度は彼女の椅子や机を蹴り始める。

「あかり! もうその辺で……」

クラスメートが、ちらと教室の入り口に目をやった。
そこには、ちょうど今しがた教室に入ってきた担任教師がいた。
女子は一瞬だけ動揺するも、すぐにあっけらかんとした笑顔で手を挙げた。

「あ、すみませーん! ただのいじめなので、スルーしてくださーい!」
「ちょ、ちょっと! 何言ってるの⁉」
「大丈夫だって。これってあれでしょ? ヒーロー活動禁止法。当事者同士の争いに、私的な理由で干渉できないってやつ」

教師はじっと彼女達を見つめていたが、やがてにこりと微笑んだ。

「……そう。程々にね」

そのあまりに無常でずれた発言に、噴き出す者までいた。
だが、この教師の判断は正しい。
ヒーロー活動禁止法に抵触すれば、どのような理由であれ、第一級の国家反逆罪として厳罰に処されることとなるからだ。

誰かを助けることが悪になるこの時代では、一度落ちた人間は希望を持つことすらできない。
だからこそ、クラスメート達はそうならないよう人気者にすり寄り、落ちてしまった人間を見て、ほっと胸を撫で下ろすのだ。

「みなさんもご存知かと思いますが、今日は特別な日です」

ホームルームの時間。担任の教師が、厳かな調子でそう切り出した。

「20年前の今日。この国の未来を大きく左右する歴史的事件がありました。それが『ランス闘争』です」

その呼称を聞くだけで、オレは当時の出来事を鮮明に思い出すことができた。
燃え盛る街並み。折り重なる仲間の死体。涙ながらの咆哮。
それはまさに、地獄と呼ぶに相応しいものだった。

「ランスとは、強化細胞といわれる皮膚で、自在に身体を覆うことのできる特異体質者です。その力はこの国の発展のためにも、非常に有益で素晴らしいものです。しかし当時の人間達は、その力を理解していなかった。理解できないものを必要以上に怖がり、彼らに暴力を振るってきたのです。ただ穏やかに生活していたランス達は、その日、とうとう怒り、人間に反発した。そうして起こったのが『ランス闘争』です。この闘争で、人間達は目を覚ましました。ランスにこの国を託し、人間とランスが共に暮らせる世界を作ることを約束したのです」

よくできた物語だ。
しかし、この物語は現実である。都合の悪い部分を全て抜いた、見栄えの良い物語。
古来から語り継がれる物語によると、悪は滅びる。
ならば、自分達が正義になり替わればいい。悪と罵られ、怪物(フリークス)と蔑まれた歴史を葬り去ればいい。

「君達は、ランス闘争以降に生まれた第二世代です。第一世代である私達と同じ過ちを繰り返してはいけません。そのためにも、こうして定期的に歴史を振り返ることが重要なのです。ランスが生きる権利を保障するランス保護法とヒーロー活動禁止法は、今のこの国の要なのです」
「先生~。ってことは、そもそも人間が悪いことをしたってことですか? ランスは正義で、100%悪くないってことですよね」

教師は、にこにこと笑っている。
しかし、教卓に置かれていた握りこぶしが、小刻みに震えていた。

「……違う」
「え?」

教師は、拳で教卓を叩いた。

「奴らはその力を行使し、虐殺を楽しんでいた。ずっと以前から、我々を見下していたんだ。奴らを排除しようとした我々人間の判断は正しかった! 今も尚、奴らは秘密裏に人間を非人道的な方法で弄んでいる。奴らは今も昔も、怪物(フリークス)だ‼」

途端、教室の隅に設置されていた監視カメラが、教師の方へ向いた。

ビーーーー、ビーーーー、ビーーーー‼

けたたましいアラートが鳴ったかと思うと、天井から無数のアームが現れ、速やかに教師を拘束した。

『ランス保護法に抵触しました。ランスへの不当な差別発言は捕獲対象です』
「やめろ! 俺は本当のことを言っただけだ! こんなのは人権侵害だろ‼」

教師は必死に暴れているが、機械の腕はびくともしない。
しばらくすると、武装した兵士が到着し、教師の手首に手錠がはめられる。

「奴らは俺の家族を殺した! こんな奴らが正義だなんて、俺は絶対に認めないぞ‼」

最後の最後に、彼はそう言い残して連行されていった。
ご愁傷様だな。
だが、危険思想の持ち主を野放しにしておくわけにはいかない。
オレは薬品が入っていた瓶を、手のひらの上で転がした。

「先生、家族を殺されたの? かわいそう……」
「でもはじめに攻撃したのは人間でしょ? 自業自得じゃん」
「今はランスが人間を守ってくれてるんだぜ? 味方に文句言ってどうするんだっての」

オレは思わず鼻で笑った。
守る奴らが、守られる奴らの味方とは限らない。
しかしそれは、オレ達にも言えることだ。
守られる奴らが、守る奴らの味方とは限らない。
オレの脳裏に彼女の顔が浮かび、すぐに消えた。

20年前に比べれば、今の世の中はずいぶんとマシになった。
争いもなく、差別もない。少なくとも表面上は、平和を維持している。
けれど確かに、世界は緩やかに悪に染まりつつあった。

自習を命じられ、教師のいなくなったクラスで、再び日隠リアへのいじめが横行する。
彼女は何も言わず、項垂れていた。けれど机に置かれたその手は、先程の教師のように、ぎゅっと固く握りこぶしを作っていた。

時々、ふと思うことがある。
あの戦いで、もしも彼女が勝っていたら、どうなっていただろうかと。
未曽有の危機から人間を救った英雄として、ランスは認められたのだろうか。
もしもそうなっていたら、きっと今のような閉塞的な世の中ではなく、もっと……

「……なんてな」

“もしも”なんて、暇人か馬鹿が考えることだ。
そんなことをしても過去は変わらないし、死んだ奴は生き返らない。
だから、オレはそんなことを考えない。
過去の亡霊が残していった“しこり”も、この胸に去来する空虚な想いも、全て幻想だ。

20年間、同じことを考え、同じ結論を出してきた。
けれどまた、来年のこの日は、きっと同じことを考える。
まるで呪いだなと、オレは一人、教室の中で自嘲した。


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